11月13日 ツールド沖縄 200km 4位

hashikawa2005-11-15



スタート直後から数名のアタックをきっかけに集団のペースが上がった。僕は今回のレースは体調も良く結果を残したかったので、集団の中盤にいながらそれらの動きを見守った。エスケープグループを追って、数名のアタックが繰り返され、先行する集団は20名前後まで膨らんだんだが僕はまだ後続の集団の中。「これ以上開くともう追いつけない」差までエスケープグループが開ききったところで橋川が単独アタック。約20秒(300m)あった差を単独で詰め、橋川が最後に先頭集団に追いつき、22名の先頭集団が出来た。

22名もいるとお互いの利害関係が一致せずに先頭交代のローテーションは乱れたが、主要な国内チームの選手はここに加わっていた為、85kmの一回目の大きな峠(普久川ダム)では後続に7分の差をつけた。90km過ぎにBSアンカーの福島 康司選手が単独アタック。15名前後に絞られた集団は相変わらずローテーションは乱れているが、2回目の普久川ダムの登りの入り口で吸収。登りに入りペースが上がり集団は田代、井上(BSアンカー)、柿沼、綾部(ミヤタ)、橋川、広瀬 学(キナン)、広瀬 佳正(シマノ)、ポーランドの選手、別府 匠(アイサン)長部(なるしま)、アメリカの選手の11名に絞られるが、ここで橋川、長部 (吉田 秀夫選手だったらしい。俺はToj以来彼の走りに注目&期待して顔は覚えていたし、レース会場でも沢山話をしたこともあるのだが、名前をずぅ〜っと勘違いして覚えていました。ゴメンナサイ。大変失礼しました。)、アメリカ人が遅れるが、橋川は下りで先頭に追いつき9名になる。この時点で別府選手が約1分先行しており、次の140km地点の「学校の登り」で田代がアタック、別府においつき2人は集団から50秒前後先行した。井上を除く6名で先頭交代を繰り返していたが、160km地点で吸収。そして柿沼、綾部、広瀬が遅れ先頭集団は6名に。今度は井上選手がアタック。田代を除く5名で先頭交代を繰り返していたが、ラスト20kmの最後の峠(ゲンカ)で田代がアタック。後続の4名もバラバラになった。田代は井上に追いつき、そのままゴール。3位争いはゲンカの登りでポーランド人と橋川が抜け出し、スプリント勝負となりポーランド人が3位、橋川が4位、約50秒遅れで、広瀬、別府と続いた。

*写真は沖縄に参加したVLAAMSメンバーと。レースはモチロン、打ち上げまで楽しまれたようで良かったです。レースはやっぱり楽しまなきゃね!特に市民レーサーは!!